東京中央建物

改めて20年前・・・平成9年8月3日

私は平成9年7月31付けで前会社「檜不動産株式会社」を退職して、8月1日は日曜日でした、8月2日より「山田建設株式会社」のお世話になり 今の「株式会社東京中央建物」を創業するために準備に入りました。

有難いことに山田建設株式会社の社長さん、専務さん、部長さん他の応援もあり 直ぐに販売代理のお仕事を頂きました、事務所も山田建設さんの川崎支店の一部屋をお借りして、手創りチラシを作成し営業マンとして孤軍奮闘しました、山田建設の皆さんのご協力もあり直ぐに仕事が出来ました。たった一人の船出でした

20年前といえば私は50歳

営業の現役から外れていましたが昔とった杵柄と営業マンとしてお金を稼がないと会社も設立出来ないので夢中で頑張りました。

販売は出来ても不慣れなローンの手続きや売主さんへの手数料請求など経理の仕事も大変でした。

販売代理の仕事は営業マンを集めないと会社として仕事になりません、仲間と合流するためには事務所も必要ですし、販売代理の仕事が間違いなく受けられる保証がないと新しい仲間を説得できません、当時の山田建設さんの専務さんなどには本当にご協力を頂き、お酒を酌み交わしながら一緒に説得することが出来ました。

その後事務所は山田建設さんの社長さんのご厚意で世田谷区上野毛にお借りすることが出来ました。

懐かしい世田谷区上野毛事務所の花壇(当時自分でお花をお世話していました)

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そして2か月後の10月には会社を設立することが出来、12月には宅地建物取引業の免許も取得することが出来ました。

翌年の1月には以前の会社で一緒だった優秀な成績の阪本専務や小林部長も合流し、お陰様で実績を積み、3月末には檜不動産当時部下の仲間とも合流して、その後予想以上の実績を上げることが出来ました。

一言では語りつくせない創業時の人の温かみを感じ、かかわった人達には感謝の気持ちでいっぱいです。

私はバブルが弾けて、以前の会社の持ち株(数億円?)も紙くずになって、その上信じられない借金まで背負い、そのままだったらきっと私の人生は終わっていたと思います。

素晴らしい取引先のご支援と仲間(社員)や家族に恵まれて、本当にお陰様であれから20年、感謝の気持ちでいっぱいです。

改めて20年前を振り返って20年前平成9年8月3日は会社設立にあたって二日目あれもこれもと希望に燃えていました。いま振り返ると相当危ない決断のように思いますが、私自身不安もなく自信に満ち溢れて 毎日気合が入っていたように思います。

その後の当社の歩みもブログで追々ご紹介をしたいと思います。

何はともあれ20年間会社が続いたこと、そして今も将来も希望の持てる会社であってほしいと心から思います。

それぞれ自分の会社だから自分たちで育てていってほしいと思います。